愛だろ、愛っ。 喜働とは愛なのだ

man's hands gidting heart on valentine day

 

 

おはようございます。
今朝は喜働について学ばせていただきました。

喜働は読んで時のごとく、「喜んで働く」こと。
本の中にはこう書いてあります。(抜粋)

 

人間以外の動物は、餌を獲り、生殖し、子供を産み育てるという直接的な行動だけで一生を終わります。
芸術に親しみ、スポーツを楽しみ、おしゃれに気を遣い、旅行をする・・こうした一見無駄と思える遊びをするのが人間なのだというのです。

 

さて、実践倫理の立場からは、「働くから、仕事をするから人間なのだ」と考えています。仕事は知性や叡智に導かれて行うものです。

 

人間が仕事をする存在であるとすると、「人間として生まれてきて仕合わせだ」という気持ちは、そのまま「働くことができて仕合わせだ」という感謝の気持ちになるはずです。感謝して喜んで働く、これが実践倫理で言う「喜働」の根本。つまり、生かされていることへの喜びや感謝の思いから発する働きが「喜働」なのです。

 

 

 

なんとなく、わかったようになるけど、よくわからない。

ぼくは、今日はそう思いました。

確かに出世だけが目的だったり、イヤイヤ仕事をするよりは、喜んで働く方がいいに決まっています。

 

 

 

会が終わって、片付けをしてる時にある会友さんがこうおっしゃいました。

 

 

喜働イコール「」!

他人への、自分への、仕事への

を持って働くことが大事!

 

これ、すっごく分かりやすい!

 

 

愛があってこそ、喜んで進んで働けるということです。

 

「愛だろ、愛。」って昔、流行ったんだけど、ほんと、愛ですよ。 仕事もね。

昔流行った、このCMも貼っておきます。(懐かしい)

今日の本の最後の方には、こうも書いてありました。

 

 

「仕事にはその人の全人格が表れる」とよくいわれます。

たとえば、漫然と日々を送る人の仕事は概して不正確で粗雑です。小才のきいた人の仕事にはムラがあります。
誠意にあふれた人柄はそのまま、行き届いた仕事となって表れます。

 

仕事が人格の表現であるならば、仕事の不出来や失敗は、その人の行き方に問題があるともいえるでしょう。

 

 

仕事にはその全人格が表れる。 本当、そのとおりです。

 

小さな仕事も、一見無駄に見えるような仕事も、喜んで進んで働く。 一生懸命やることで、必ず道は開けるはずですね。
今日もそんな謙虚な気持ちと愛をもってがんばるでー!
みなさまも良い一日を。

 

 

P.S
明日は壮年、青年がんばるデー! 地元の朝起会場の方が、渋谷支部にいらっしゃるそうです。楽しみ!!!

 

 

 

 

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