継承の日演壇原稿 -2014年10月7日-

 

私が今日、ここ渋谷で朝起きを学ばせて頂いているのも、両親のおかげです。この継承の日を迎えるにあたり、家にある古い会友手帳を見直してみました。私は今持ってきている渋谷の会友手帳と、地元相浦支部の古い会友手帳の2つをもっています。

 

私は、朝起きが大嫌いでした。8月15日と正月には朝から起こされ、たまの日曜にも起こされては、朝起きに連れて行かれるのがイヤでイヤでしょうがありませんでした。

社会人になってからは、正月に帰省し、実家でゆっくりしていた時に、朝早く起こされ、「朝起きなんて、もう、行かない、絶対、行かない、一生いかない」と正月早々、母とケンカしたこともありました。

 

そんな朝起き会がイヤで仕方なく、ずっと行ってなかった私ですが、いつのころからか、東京の私の家には地元の会友手帳がありました。今回、ふと、気になって、その会友手帳を見直しました。最初に印鑑が押してあったのは、2012年の11月、宮城県石巻会場での印鑑でした。

 

その印鑑を見て、思い出しましたが、震災のあと、私が復興に関わるようになって、実家の父と2人で被災地を見て回る機会がありました。私が会社を辞めてまで、復興を必死にやっているということで、父も被災地を自分で見たかったのでしょう。男2人で2泊3日、岩手、宮城、福島の被災地域を回りました。

 

その中で、父の知り合いが石巻にいるということで、石巻の朝起きに行きました。その石巻会場では、被災地に九州から人が来る。その息子は東京から来る。といって、みなさん、楽しみにまっていただいていたようです。

 

私はそういうことは全く知らず、朝起き行きたくないなーと思っていたのですが、当日、朝行ってみると、石巻の会場の方はご高齢のかたばかりです。そのほとんどの方たちが、演壇の中で父と私が石巻会場にきたことを嬉しそうにお話されていました。中には震災で家族をなくされた方もいらっしゃいました。

今、振返ると、父と2人で朝起きにでるだけで、被災された方がこんなにも元気になられるのか、と、自分が朝起きにでることが、何か良いことにつながっているんだと、覚えています。

 

私の手元にある古い会友手帳は、その時できたものです。

父が私と東北を回る。その時に朝起きに行く、ということで、母が父に手帳を作って託し、父が石巻まで一緒にもってきてくれていたものでした。そこから、私の家にはいつの間にか、会友手帳があるようになっていたのです。

 

古い会友手帳によると、私が本会にご縁いただいたのは、私が6才のころ。母が勝手に入会していたようです。ですが、それから32才の今日まで26年の間、反発してほとんど行っていませんでした。この26年の間、母は母らしく、しつこく私を朝起きに誘い、父は父らしく、ムリのない範囲「行きたくなかなら、いかんでよか」と勧めてくれたおかげでしょうか、ようやく、私は今、朝起きに自分から行くようになっています。今がご縁だったのでしょうか、26年間もしつこく、しつこく誘ってくれた、母の根性のおかげです。

 

母はとにかく、「あなたは人を率いる仕事をするから、絶対、朝起きに行きなさい」としつこく言っていました。昔はその意味が全くわかりませんでしたが、今は、学ばせて頂き、その意味が痛いほどに分かります。そして、今日の演壇をさせていただくにあたり、古い会友手帳を振返りって、両親の私への想い、親の恩に改めて気づかせていただくことができました。

 

私は父と母にはなかなか素直になれず、実家に帰っても面と向かって親孝行ができません。ですが、この朝起きを続けることで、離れていても少しは親孝行になると信じて、日々両親に感謝し、実践していきたいと思います。そして、いつの日か、私もこの朝起き会へのご縁を次の世代に託していきたいと思います。

 

今日、一日、3つの恩を忘れず、喜んで進んで働きます。

継承の日、縁談の場、誠にありがとうございました。

Facebookページ始めました! 「このページにいいね!」 をクリックお願いします。

1 Comment